Blind Wind Blog

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ずっと昔から……
たぶん発表直後にラジオで流れていたのを幾度となく聴いてから
ずっと好きだったけれど、
最近は殊更にヘビーローテーションで流している曲。
スガシカオ「黄金の月」。

たぶん、自己陶酔じゃない。
だけど少なくとも、誰に会ったって嫌われる、失望される
自分自身を保てない、
町を歩いていたって、知り合いと一緒にいたって
泣き出してうずくまりたくなってしまう今は
何かを諦めたって、生きることだけは止めるわけにはいかないって
思ってる。


僕の情熱はいまや流したはずの涙より
冷たくなってしまった
どんな人よりもうまく自分のことを偽れる
力を持ってしまった


トラウマは簡単に消えるわけがない。
一生付き合っていく覚悟を決めたっていうのは嘘じゃないし
忘れたわけでもない。ただ、気付かないようにしてるだけ。
そういう環境を作ろうとしていただけ。
他人には関係ないから。私の過去なんて誰も興味がない。

肉親からの無条件な愛情は、
自分が何もしなくたって出来なくたって
そこにいていいんだということが
言葉じゃなく、実感として植え付けられるもの。
だから、これがある人はたぶん
ないひとのことなんか想像つかないだろうし
想像してもらおうとも思わない。同情も要らない。

働き始めてから、賃金に見合った仕事さえして
他人に迷惑を掛けなければ、生きていける社会に少し安心した。
生きていくだけならば、たやすい。いい世界に生まれることができた。
私が果たすべきは、仕事をきちんとこなすこと。
有能さを認めさせて、安心できる居場所を作ること。
だから私は自分を過小評価しない。
そこで求められるのは仕事の能力だから。

私の知り合いは、私に何を求めているのかっていうことを
よく、考える。
たとえば、私の手が好きなひとは、
事故で手を失った私に価値を見出さない。
私の知識を必要としている人は、記憶を失った私に用はない。
同様に、優しさを失った私に価値はないし
その優しさを持つに至った過去を持たない私に
魅力を感じない人だっていると思う。

最近失った友人には、私の物書きとしての能力に
期待している人たちが多くいた。
それは同時に、私の潜在能力に対する
期待感を持っている人たちでもあった。
どんなに見限られても、私の中身は何も変わらないし、
過大評価してたんだよって、私は言うほかないけど。
だけど自信をなくしたら私は何もできないから
懸命に自分の価値を探そうとして、空回って、結局転ぶ。

僕がここにいていい理由を探してる。
玩具でしかなかった私は何もできずに捨てられた。
たぶん、私は今まで以上にこれから色々な人、
沢山の人に見限られるだろうし、
それが怖くて私から連絡手段を断つ人だっているだろう。
すべてを理解してくれる人なんて一生現れないだろうし
下手な言い様だけど、やっぱり結局は一人なんだって
わかってるつもり。
それでも時々、やっぱり少しだけ、辛い。

全ての人が、自分に対して、何かを期待している世界では
彼の期待にそぐわないことを言った瞬間に
失望されて、私の視界から消えていってしまうから。


ぼくの未来に光などなくても
誰かがぼくのことをどこかでわらっていても
君のあしたがみにくくゆがんでも
僕らが二度と純粋を手に入れられなくても


「私」は売り切れました。
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