Blind Wind Blog

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両翼

時間の本質は過ぎ去ってゆくところにあります。
結局、存在するのは現在だけ。未来もなく、過去もない。

過去についての現在とは『記憶』であり、
現在についての現在とは『直観』であり、
未来についての現在とは『期待』のこと。

時間とは延長です、それ以外の何物でもありません。
時間を測るとき、私はまさにその印象を測っているのです。
すなわち精神は期待し、直視し、記憶します。
未来の時は『ない』のです。
長い未来とは、未来についての『長い期待』に他なりません。
過去の時も『ない』のです。
長い過去とは、過去についての『長い記憶』に他なりません。

いくつかの方向への分散状態が私の生命なのです。
この私は、順序もわからない時間のうちに散らばっています。
あなたの愛の火に清められ、溶かされ、
あなたのうちにとけ込んでしまうまでは、
魂のうちにある私の思いは、ずたずたに引き裂かれているのです。


中世の神父、アウグスティヌスの時間論。
すこしおもしろいなと思った。
神への信仰付けのためにすべての言葉が尽くされている。
下心というか目的がはっきりしているので、
宗教者の哲学はわかりやすい気がします。
この人は本当に、神様信じてさえいればなんとかなるんだって
思っていたんだなって感じる。
それが、優しいとすら。

彼にとっての真実は神だけだったわけだけれど、
なんとなく、哲学のもつ方向性と目的がわかりはじめてきた気がする。
結局のところ、みんな同じところを目指しているんじゃないか、とか。
たぶん、人知を越えた何かはある。

今はすこしだけ、数学をやっています。
いろいろな学問も最終的には全部繋がるんだろうな。
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